« 天津甘栗がなかなか止まらないことについての生物学的(?)一考察 | トップページ | ホトトギスの凋落(2)〜失われた神通力 »

2015年6月24日 (水)

ホトトギスの凋落(1)〜むかし栄耀栄華を極めてた

Hototogisu_rev_img_895

5月の下旬ごろからでしょうか、関東地方でもホトトギスの声が聞かれるようになりました。ホトトギスは姿を見るのがなかなか難しい鳥です。一方飛びながら鳴くその鳴き声はとてもけたたましく、また夜も盛んに鳴きますので、声のほうがよく知られています。初夏に渡来して大きな声で鳴くので、季節を感じさせる声です。

どんな声か、まず下記リンクで聞いてみてください。
 
 
よく言われるように、日本人は季節の移り変わりの感じられるものを非常に重んじるようです。ホトトギスのこの特徴のある声は、古来、日本人が季節を感じる風物詩の代表の座に、まさにゆるぎなく君臨してきました。この鳥に、杜鵑、不如帰、時鳥などたくさんの漢字表記があるのもご存じのとおりです。
 
小倉百人一首に、
 
ほととぎす 鳴きつるかたを ながむれば ただ有明(ありあけ)の 月ぞのこれる 後徳大寺左大臣
 
という一首があるのをご存じでしょう。平安貴族は、ホトトギスの初音、つまりその年初めて聞かれる最初の鳴き声を聞き漏らすまいと、徹夜して待ったのだそうです。徹夜して待ったら夜が白々と明けてしまった。待ち受けたホトトギスが鳴きながら飛び過ぎたので、振り返って見たけれど、明るくなりかけの空に白っぽい月が見えるばかりで、ホトトギスの姿は見られなかった、というわけです。平安貴族は暇だったとも言えますが、季節を告げるものとして、彼らにとってそれほどに欠かせないものだったのでしょう。
 
古来たくさんの詩歌に詠み込まれているホトトギスですが、時代ははるかに下って明治の歌人の詠んだ中にも魅力的な歌があります。
 
ほととぎす 嵯峨(さが)へは一里 京へ三里 水の清滝(きよたき) 夜の明けやすき 与謝野晶子(「みだれ髪」)
 
京都北郊の清滝は、嵯峨野まで出るには歩いて一里、さらにくだって繁華な京の街までは三里の、山あいの渓流ぞいにある集落。山の緑が日に日に濃くなって行く初夏のころ、そんな清滝の宿に泊まると、ホトトギスが夜っぴて鳴きながら飛び回っている。その声と川の水音とを夢うつつに聞いていると、夜の明けるのがとても早く感じられる、てな感じでしょうか。旅の宿でホトトギスの声を聞くことへの愛着を感じるロマンチックな歌です。
 
逆に時代を遡って万葉集でももちろんたくさんの歌が詠まれていますが、このように時代を通じて詩歌の題材になってきたホトトギスは、まさに季語の中の季語とも言えるものです。季語のあれこれを紹介した書物を見ると
 
「和歌・連歌・俳諧を通しての季詞(きのことば)を竪題(たてだい、たてのだいとも)という。竪題の代表はもちろん、花・ほととぎす・月・雪。これを四箇(しこ)の景物(けいぶつ)ともいう。景物は四季折々の自然の風物ほどの意味である。/四箇の景物のうち、花・月・雪は中国に学んだもの、ほととぎすのみが日本人が加えたものだ。・・・聴覚の対象がひとつ加わることで、四季の風物がにわかに豊かになった気がする。」(『季語百話』高橋陸郎、2011、中公新書)
 
有名な「雪月花(せつげつか)」つまり、冬の雪、秋の月、春の桜、この視覚に訴える三つの風物に、聴覚に訴える夏のホトトギスを加えたものが、古くから現代に至るまでの日本の詩歌のもっとも大事なキーワード「四箇の景物」というわけです。
 
日本の詩歌、文学、芸術の歴史の中で、ホトトギスの占める位置は、現代では想像できないほど高かったのだと思います。
 
 

« 天津甘栗がなかなか止まらないことについての生物学的(?)一考察 | トップページ | ホトトギスの凋落(2)〜失われた神通力 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/94469/60490429

この記事へのトラックバック一覧です: ホトトギスの凋落(1)〜むかし栄耀栄華を極めてた:

« 天津甘栗がなかなか止まらないことについての生物学的(?)一考察 | トップページ | ホトトギスの凋落(2)〜失われた神通力 »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31