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2010年12月31日 (金)

放課後博物館へようこそ〜浜口哲一さんを悼む

Photo今年5月に神奈川大学の浜口哲一さんが亡くなりました。平塚市博物館に準備室時代から長くお勤めで、平塚市博物館長、日本野鳥の会神奈川支部長等を歴任され、地域に根ざした自然観察、市民を巻き込んだ生物調査の世界で大きな実績を残され、関係者から大きな信望を集めていた方でした。

62歳での訃報に接し、まだまだこれから活躍していただきたかった、いろいろ教えてもらいたかったとの思いを抱いたのはおそらく私ばかりではなく、多くの方に共通することだろうと思います。

遅くなってしまいましたが年末にあたり、追悼の意味をこめて、浜口さんの代表的著作のひとつを紹介します。以前別の場所に書いた文に手をいれたものです。

【タイトル】放課後博物館へようこそ
【サブタイトル】地域と市民を結ぶ博物館
【著者】浜口哲一

【出版社】地人書館
【発行年】2000
【ページ数】240pp.
【価格】1800円+税
【ISBN】4-8052-0656-X

この著作は、2000年発行ですので、浜口さんの平塚市博物館での在籍が、建設準備室時代もふくめて、27年にいたった時のものです。

本書では、浜口さんがこの世界に入るきっかけや平塚市博物館建設準備室に入ってのさまざまのできごとから始まり、著者が野外に出て市民と一緒に身近な対象を観察しながら、地域の自然やときには文化について学び、資料と情報を収集してゆくようすが描かれています。

その対象は、淡水魚、鳴く虫、タンポポ、カエル、海岸漂着物、セミのぬけ殻などきわめて多岐にわたります。著者はそのなかで、市民参加による地域に根ざした博物館活動について考えてゆきます。「放課後博物館」とはそういった、地域住民が日常的に訪れ、行事に参加するような地域博物館に対して著者があたえた名前なのです。

本書で紹介されている活動はいずれも印象的ですが、「相模川事典」が生まれるいきさつは特に印象に残りました。

この事典の出発点は普及活動として始まった「相模川を歩く会」です。博物館のテーマとなっている「相模川流域の自然と文化」を知るために、市民から参加者をつのって、相模川河口から源流の山中湖まで歩いたそうです(山中湖まで到達後は、まだ歩きたいという参加者の希望をうけて、往路に歩いた右岸とは反対側の左岸を下り、1991年に河口まで戻りました)。

各分野の担当学芸員と一緒に1回に10キロ程度ずつ、前回の終了地点から歩くようにしました。そして2回野外を歩いたら1回は博物館に集まって小冊子を作って、歩きながら見聞したことを分担して記事に書き、また興味を持った参加者は追加取材などもしてゆきました。

この冊子が相当な量になったため、有効な形で生かそうと、事典の構想が持ち上がり、1987年から始まった歩く会の成果が1994年に332ページ1313項目の「相模川事典」として結実します。

本書によれば、「この事典は現在でもさまざまな場面で活用されていますが、平塚だけではなく、流域の市町村、さらには神奈川県や山梨県の行政の中でも使われているのはうれしいことです。」(p. 129)ということです。実際に参加された方はさぞかし学びの満足感を得られたことと思います。

このように、平塚博物館という「放課後博物館」で、普及活動・資料収集・調査研究がたがいにわかちがたく有機的に結びつき、それに参加した市民が大きな力を発揮し、その成果が展示ばかりか場合によっては各方面で重宝がられるような出版物にまで結実してゆくようすを読んでゆくのは心地よいものがあります。

現代では多くの博物館や市民団体が普及活動を行っているでしょうが、学芸員や指導者が知識をどこからか仕入れてきて、参加者に与えるところどまり、というものも多いのではないかと思います。一般市民が入門はできてもそこから発展させてゆくのが難しい、というあたりに多くの普及活動がかかえるひとつの問題点があるでしょう。

本書にはその先に、市民と学芸員が一緒になって、これまで誰も知らなかった新しい知識を得てゆく(あるいはすでに知られてはいるのだがあちこちに散在している知識をひとつの関心のもとにまとめてゆく)プロセスが描かれています。そのようにして得られた知識は参加した個々の市民の財産になるばかりでなく、展示や出版物、報告書を通じて、一般社会や科学の世界にも還元されてゆくのです。

これがまさに浜口さんが実践のなかから辿り着いた「放課後博物館」のあり方であり、このことを具体的に示している本書は、博物館関係者、あるいは将来学芸員になろうと考えている若い人たちにとって、活動の方法や考え方を示したものとしてきわめて有意義なものと思います。また、一般の読者にとっても、地元にある博物館との関わり方を考えたり、自然観察会のあり方を考える際に示唆にとむものと思います。

なお、本書ではおもに著者の活動のプロセスが描かれていますが、成果の一部はやはり浜口さんが、「生きもの地図が語る街の自然」(岩波書店、1998年、ISBN4-00-006661-7、1900円+税)という本で紹介されているのでこちらも読まれるとよろしいと思います。

            ★  ★  ★

Hamaguchi_sympo01_211月27日には横浜で、「生き物地図を未来へ 浜口哲一さんの足跡と、これからの道」と題した追悼シンポジウムが、日本野鳥の会神奈川の主催で行われ、500名収容の会場がほぼ満席という盛況でした。

登壇した演者は、自然教育、野鳥、植物調査の関係者、博物館退職後勤務された神奈川大学の教え子、博物館の関係者と幅広い顔ぶれでした。地域に根ざし、市民を巻き込んだ自然観察、生物調査で活発に活動された浜口さんの業績と、カバーされた分類群の広さ、そしてその人望をあらあらためて認識しました。おおくの演者が、浜口さんの幅広い知識と精力的な活動とともに、自然観察を楽しむ姿勢を指摘されていたのが印象に残りました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

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