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2008年3月 1日 (土)

ラクダの鼻・鳥の肺・海鳥と塩水

The_camels_nose_s
鳥の体の仕組みについてもさまざまの発見をした動物生理学者、クヌート・シュミット=ニールセン(1915-2007)の自伝です。

シュミット=ニールセンの著書として、このブログでは少し前に「動物生理学」の邦訳を紹介しています。

【タイトル】The Camel’s Nose
【著者】Knut Schmidt-Nielsen
【出版社】Island Press/Shearwater Books, Washington D. C.
【発行年】1998
【ページ数】339+x pp.

【価格】$35.00

【ISBN】1-55963-512-6

この人は、鳥の体の仕組みとしては、鳥が呼吸で吸い込んだ空気が、肺と、肺の前後の気嚢(きのう)を一方通行で流れるということや、海鳥が、取り込んだ塩分を「腎臓経由で尿から」ではなく、額の嘴のつけ根にある塩類腺という器官で嘴から排出することを見つけた人です。

研究者は沢山いても、教科書に載るような重要な研究を誰でもできるわけではありません。シュミット=ニールセンが解明した肺の構造や塩類線のことは、鳥類学の教科書には必ず載っている、第一級の研究成果です。

鳥以外では、ラクダが砂漠で長期間水を飲まずに過ごせる理由など、極限の環境で生物がどのような体の仕組みによって生き延びられるかを調べました。タイトルのThe Camel’s Nose(ラクダの鼻)はまさに著者が発見した、ラクダが呼吸によって水分を失わない秘密が鼻の構造にあることから名付けられています。

この自伝では、ノルウェーでの子供時代、デンマークでの大学時代、戦争、アメリカに移住しての研究者生活を軸に、さまざまのエピソードも交えて話が進み、私生活での苦しいできごとや楽しいできごとも「包み隠さず」という表現がふさわしいまでに記されています。。

本書を読んでおどろいたのは、シュミット=ニールセンが大変なアウトドア派の人だったことでした。私は、上述のような業績から勝手に推測して、設備の整った実験室と研究室を往復しながら、動物の測定や解剖をして体の機能などを調べた人なのかと思っていたのです。

どんなにアウトドアの人かと言えば、たとえば、カンガルーネズミが水を飲まないでいられる仕組みを調べるために、アリゾナの砂漠に数ヶ月間滞在して調査し、ラクダではどうなっているか調べるために、サハラ砂漠に家族も連れて、研究チームで1年間移りすむというぐあいです。また塩水に住むカエルを探して東南アジアのマングローブをはいずり回ったりもしています。塩類線の発見の端緒は、学生時代にノルウェーの北極海に面した海鳥の集団繁殖地にひと夏の間滞在して行った実験でした。

素人考えではラクダなんかアメリカの大学や動物園で飼育して調査しても同じじゃないかと思いがちですが、やはり本来の生息地での環境条件を実験室で再現するのは難しく、本来の生息環境で何が起こっているかを複数個体で調べるには現地に行くのが結局一番ということのようです。それにしてもそれをやってしまうところがすごいです。事前に持っていたイメージと大きくかけ離れていたので驚きました。

もうひとつ印象に残ったことは、素朴な疑問の追求といいますか、動物そのものの見える研究という点です。

現代の動物学研究が非常に高度化するにつれて、なまみの動物そのもののがどんな生活をしているかが見える動物学からどんどん離れて行っていると言われることがあります。研究というとわたしなども、さんざん人の研究を文献で勉強した上で、枝葉末節みたいなことをやるようなイメージを知らず知らずに持っていましたが、「海鳥は塩水を飲んで平気なのか」とか「ラクダは水を飲まないで平気なのか」といった素朴な疑問をそのまま追求することで、素人でもなるほどと思え、しかも教科書に載るような研究ができるのだなということを改めて感じました。

おそらく実際にはそんなに簡単なものではなく、関連の論文を読んだり、周辺分野の細かい基礎知識を得た上で、大局を見る目と実行力のある人しかできないことなのではと思いますが、それでも素朴な疑問を馬鹿にしてはいけないのだな、と改めて思いました。

異文化を善し悪しの価値判断から離れて驚きの目で見ているところも科学者らしい感じがして面白いです。たとえば、サハラ砂漠に滞在中に、遊牧民のテントを訪ねてお茶の回し飲みでもてなしを受けた様子が詳細に書いてあります。また晩年、国際生物学賞の受賞式のために日本を訪ねたときのことも、分刻みのスケジュールが滞りなく実行されてゆくようすを本当におどろきとともに記述していて、日本人読者として、なるほどこれは驚きなんだなと笑えます。

著者はこういった異文化の習慣について、特別賞賛もしていませんが、批判もしていません。「驚いた」という言葉すらも使っていませんが、詳細に書いていることに驚きの念が伝わってきます。異文化に対して、軽々な価値判断はせず科学者の目で驚きをもって記述するのがこの人のスタイルのように思われます(西欧文明の中のことについては、はっきりと好悪の別をもって書いているところがあります)。

英語は、ところどころ、生粋の英米人はこのような表現をしないのではという箇所がありますが、全体に平明でわかりやすい文章です。英米人ならしなさそうな表現がある点からすると、大学受験を控えた高校生などは読まないほうがよいかもしれませんが、生物研究を志す若い学生さんたちも英語の勉強をかねて読まれれば、刺激を受けてやる気がでるのではないかと思います。

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