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2006年6月25日 (日)

ホトトギスの落とし文

Photo_10一昨年の6月中旬に奥日光に鳥を見に行きました。梅雨だというのに素晴らしい好天で、いろいろの鳥が見えて非常に愉快でした。湯元の湖岸の遊歩道にハルニレの大きな木があって、その下にオトシブミ(例によってsp.です(^^;))の揺籃(ゆりかご)がいくつも落ちていました。

写真はそれを数個持ち帰って撮影したものです。拾った当日に撮影できなかったのでちょっと乾燥しています。

オトシブミは種類がいくつかあるようです。種名はなんでしょうか。専門家であればわかるのでしょうね。リンクしたサイトには、ホストがハルニレというのが出てきませんが、山地性でホストがオヒョウ、エノキ、ケヤキというヒメゴマダラオトシブミでしょうか?な〜んて、揺籃の記述もろくに読まずに適当に言ってます(^^;)

もともと「ほととぎすの落とし文」と言ったのだそうですね。落とし文とは、直接言いづらいようなことを書いて落としておいた手紙だそうです。恋文、密告、政治批判、という例が同じサイトに挙がっています。恋文はともかく、密告、政治批判関係は、今の言葉で言えば、怪文書ですね。虫の名前が「カイブンショ」にならなかったのはご同慶の至り。

奥日光は、ちょうど鳥の繁殖期で(だから行ったのですが・・・)、盛んに囀っているもの、巣に雛がいるもの、巣立ち雛をつれた家族群がいるものと、非常ににぎやかでした。湯元のキャンプ場にテント泊したのですが、夜寝ていると、ホトトギスが一晩中、キョッキョ、キョキョキョキョと、鳴きながら飛び回っていて、非常に印象的でした。おそらく昔の日本は平地でも現在より森林が多く、ホトトギスはごくありふれた鳥で、この特徴的な声は季節の風物詩として非常に親しまれていたでしょう。現在、ホトトギスの仲間の呼び名は、「カッコウ科」ですが、昔は「ホトトギス科」でした。カッコウが、高原のような日本ではやや特殊な環境に生息するのに比べて、森林に生息するホトトギスのほうが、昔はおそらくずっと身近だったはずで、文学上の地位もずっと高く、明治の研究者もグループの名前として迷わず「ホトトギス科」を選んだのでしょう。

なお、一晩中鳴いていたといっても、もちろん夢うつつのことですので、本当に一晩中鳴いていたかは自信がありません。埼玉県で繁殖期に調査した方は、夜あんまり鳴かないみたいとおっしゃっていました。渡来当初だけ夜さかんに鳴くとか、案外宵の口と、明け方の暗いうちだけ鳴くとかそいういうことがあるのかもしれません。

それはともかく、なるほど、オトシブミの揺籃のできる初夏はちょうどホトトギスの鳴き声がとても盛んに聞こえるときなんだなあ、と思いました。

持ち帰ったオトシブミはうまく湿度を与えれば虫が出てくるかと思ったのですが、たちまち乾燥してしまい、何もでてきませんでした。

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