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2006年4月30日 (日)

鳥類学者・蜂須賀正氏による昭和初期のフィリピン探検記

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明治に生まれ戦後まで生きた鳥類学者、蜂須賀正氏(はちすか・まさうじ、1903-1953)のフィリピン探検記「南の探検」の復刻が出版されました。原本は1943年に発行されたものです。

【タイトル】南の探検
【著者】蜂須賀正氏
【出版社】平凡社
【シリーズ】平凡社ライブラリー
【発行年】2006
【ページ数】481pp.
【価格】1700円+税
【ISBN】4-582-76570-X

蜂須賀正氏は阿波蜂須賀家の16代の当主であり、絶滅鳥ドードーの研究をした人としても有名です。日本生物地理学会の創設者の一人でもあり、2003年には同学会が正氏の生誕100年記念シンポを開催しています。

この本は、正氏が1929年にミンダナオ島の最高峰アポ山に鳥類その他の調査のために探検に入り、島の東岸のダバオからアポ山を極め、西岸のコタバトに至ったさいの紀行文です。

現代のバードウォッチングからは信じられないかも知れませんが、当時鳥の研究は鉄砲で撃って初めてできるものでした。性能の良い双眼鏡やカメラのなかった時代、種の同定は採集して初めてできたのです(もちろん、現代でも、鳥類の分類学者は、正氏と同じように、昼間に採集、夜は標本作製という同じことをしていますが、分類学者の数そのものが少ないため、あまりこういう光景は見聞きしないかもしれません)。このような当時の分類学者の採集の姿が描かれている上に、現代では考えられない探検のようすを読むのも非常に興味深いものがあります。つまり、自動車もヘリコプターも懐中電灯すらもなく、原住民のポーターを多数雇い、人数分の食料を担いで、山刀で道を切り開き、宿泊は原住民に差し掛け小屋を作らせての登山をおこなっているのです。こういった、現代では体験しようとしてもなかなかすることができないような古典的な探検がわずか70年前に行われていたことに感銘を覚えます。また現代のテレビのいんちきな探検と違い、帰ったあとに採集した標本等の整理を行い、大英博物館にこもって研究をして、数年かかって研究論文にまとめたことが、最後に書かれています。

日本生物地理学会の創立メンバーでもある正氏の著書ですが、これを読んで正氏の生物地理学的な学説に接することができるというたぐいの本ではありません。もちろん、正氏がフィリピンの生物地理学的位置に関心をいだいていたことがわかる記述が随所にありますが、基本的には一般向けの読み物として書かれていると思います。むしろこの本を読んでわかるのは、当時の分類学者の仕事のようすはこのようなものかということであり、今の時代に世界中の鳥に学名がついていて、図鑑でたちどころにどんな鳥かがわかるのは、こういう時代にこういうおどろくべき苦労をした人がいたおかげだと思うと感慨深いものがあります。

蜂須賀正氏は世界を旅しており、その語り口やエピソードはなかなか面白く、飽きさせないものがあります。たとえば、ルソン島で標高の高い場所に登ったとき、熱帯の景観から松の生えた温帯ふうの景観に変わるのを観察し、「宛然、日本のようだ。まるでコルシカの山のようだ。またメキシコの山の上のような感じもする」と書いています。さすが国際派のお殿様というべきで、海外旅行が簡単になった現代の人間でもこういう感想がすらりと出てくる人は少ないでしょう。

記述は読みやすくすらすらと読めます。日本を出てからミンダナオで登山を開始するまでにページ数の半分近くが費やされ、ルソン島での準備や時間つぶしに行った闘鶏の見物などのほか、ニューギニアの話、ボルネオの話、支倉常長の話といろいろ横道にそれますが、飽きさせません。

文中には、さまざまな生物や人物、現地の風俗等の貴重な写真がたくさん掲載されているため、内容をイメージするのに大きな助けになります。ほとんどが原本掲載の写真を複製したものらしく、鮮明ではありませんが、少数の写真は、徳島市立徳島城博物館に寄贈された遺品の写真から起こされたものということで、鮮明です。

この版では文中に出てくる生物学者、政治家、軍人の名前やホテルや軍艦の名称まで、詳細な注釈がついていて便利ですし、興味を持って読めます。ただし、鳥の名前の注釈は改善の余地ありです。文中、主に正氏が記載した鳥の学名が出てきますが、注釈を作成した方は、現代の何に当たるのか調べがつかなかったらしく、ほとんどで「●●のことか」などとしています。これらは、ピータースのチェックリスト(Peters, J. L. and followers. 1931-1986. Check-list of Birds of the World. 16 vols. Museum of Comparative Zoology.)などを調べればわかるのがほとんどのはずですし、解説を書かれている中村司先生(山梨大学名誉教授)にうかがってもおそらくわかったのではないかと思います。鳥の分類学者の著書の注釈であるだけに、この調べがついていないのは残念でした。

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蜂須賀正氏博士の単行本未収録随筆集を制作しました。
蜂須賀正氏「鳥の棲む氷の国」です。

西荻、盛林堂さまにて、取り扱い中です。

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